捨ててきた人形
それは動かない古い人形だ。
遠い昔、幼かった私は人形を捨てた。お婆ちゃんが作ってくれた、古い人形。
お気に入りの一つだったが、新しいおもちゃも増えていき、いつかその人形も影が薄くなっていった。
そのうち近所の公園に置いたままにして、無くしてしまった。
あの日公園に捨ててきてしまったはずなのに、帰省した家にそれは座っていた。
妙に私を引きつける力を持っているように思えた。
その瞳は少し色あせていたが、それでも私の魂を直視しているようだった。
その顔は優しく微笑みながらこちらを向き、まるで生きているかのような温もりを放っているのを感じた。
私は目をそらすことができず、その人形を見つめていたが、やがてトランス状態に引き込まれていくのがわかった。
(あなた…お婆ちゃん?お婆ちゃんなのね。)
私は大のお婆ちゃん子だった。
両親が共働きだったので、私はいつもお婆ちゃんと一緒にいた。
出かける時も、遊ぶ時も、ご飯を食べる時も。
昨年お婆ちゃんが亡くなってから、初めての帰省だった。
「仕事が忙しくて帰れないよ。」
と家族には話していたが、本当はお婆ちゃんがもういない事から逃げていただけだった。現実を認めたくないだけだった。
そして、この小さな人形が、ある種の守護者として私のもとに送られてきたのだという事に気づいた。
私はこの美しい人形に感謝し、まるでこの人形が私と私の家を守るために送られてきたかのような感覚を覚えた。
「お婆ちゃん、またよろしくね。」